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一月も終わりの事だ。 「やっと一段落ですね」 とん。 青年の声と共に、資料の束が小気味よい音を立てて机の上で揃えられる。 壁側に広がる一面のガラス戸が、昼下がりの明るい空気を差し込む光で存分に会議室の中へと伝えていた。 その光の中、1人の男が長い灰色髪のポニーテイルを揺らして笑っている。 「パレードのおかげですっかりシメが遅れちゃいましたけど、これでやっと肩の荷が下りた心地ですね、藩王」 切れるような細い笑みの似合う、黒尽くめの男だった。 華奢そうな顔立ちに、にこにこと、人懐っこい笑顔を浮かべている。 「ええ。城さんもミサゴさんも、本当にありがとうございました」 「いえ。蝶子さんもお疲れ様です」 摂政・砂浜ミサゴは、藩王・蝶子のねぎらいに対してそう答えながらも、男の笑顔に、以前から抱いていた疑問を遂にこらえきれなくなった。 (この張りついたみたいな笑顔の下に、本当は一体、何を思っているのかしら……?) そんな彼女の内心を、知ってか知らずか、彼は今回の仕事内容について蝶子と談笑している。 ここレンジャー連邦は西方に位置する藩国である。 つい先日の戦役の折にもぎりぎりのところで兵役を達成している、「健闘している」といった評価の一番似合う小国だ。 ほとんどの国民がその上で暮らす、冗談のような形をしたハート型の本島を中心に、縦3km・横15kmの領海を持つ海洋国家であり、近海にはそれぞれアルファベットで「L」「O」「V」「E」の形をした諸島の存在が確認されている。 多数の藩国からなる共和国、いわばその本国とも呼べる天領からの指令で仰せつかった環境調査が今回の任務だった。数日前に実施した調査行の結果、無事諸島に関するデータが取れている。その提出自体は既に済んでいるが、今までやっていた書類整理は、それらにまつわる都市伝説めいた話についての、言わば調査の余禄部分だった。 「あ、そうそう藩王に摂政」 「はい?」 「なんですか?」 見つめていた相手から急に呼びかけられると、どきっとする。 ミサゴはそんな事を思いつつ、蝶子と一緒に返事をした。 彼はミサゴの驚きに、気付いた素振りも見せずに話を進める。 「先ほど城とお呼びになられましたが、是非とも華一郎と、今後はそうお呼び下さいな。城さんでは、嬢さんと呼ばれている気になりますし、字面でも、お城なんだか人名なんだか、いまいちわかりづらいもので」 城華一郎(じょう かいちろう)。 誰あろう、彼女がこの国へと招き入れた人材である。 「あ、ごめんなさい」 「いえいえ、摂政にはこの国に呼んで貰った恩義もありますから」 「そんな、私の方こそ無理に呼んでしまって」 「なあに。兵役も、ぴたり後1人でしたしね。俺も皆に混ざる丁度いい口実になりましたよ」 みんなが助かればこれ幸い。そう、笑って言って見せてから、戦争を子供の遊びのように言って見せたその彼が、今度は神妙な面持ちで頷いて見せた。 「愛ゆえに、いい国是です。楽しいところですよ、この国は」 「…………」 その様子に、ためらいつつも、彼女はずっと胸に抱いていた問い掛けを口にする。 「華一郎さんは…」 「なんです?」 「華一郎さんは、本当にこの国に来てくれて、よかったんですか…?」 「もちろん。どうして?」 きょとんとしながら笑顔で答える華一郎に、ミサゴは不安を深める。 彼はいつも笑っている。でもそれは、皆の浮かべるようなそれとは違って見える時がある。 まるで彼の名にある城・華(ジョウカ)の響きの通り、道化師(Joker)の笑い化粧に見える時が。 「だって、その…無理に手伝ってもらっちゃったんじゃないかな、って」 そう、おずおずと華一郎に問い掛けるミサゴ。 蝶子はその様子を、口を挟むでもなくじっと見守っている。 「そんなことはないよ。 貴方は、どうしても人手が足りなくて、一時的でもいいから、と、ちゃんと断りを入れた。俺も条件をつけてそれに乗った。そうですよね、藩王?」 「ええ」 「……………」 頷きながらも、どこまでも平静な華一郎の態度に、疑念を払う事は、出来なかった。 彼には他で帰りを待つ仲間がいる。 それを差し置いて、自分が彼の未来を一つ、邪魔をしたのではないか。奪ったのではないか。 そう思うと、自然に顔はうつむいた。 毛足の短い絨毯が、ミサゴの足元には広がっている。 会議室として普段使いに用いられている部屋によく似合った、王宮を装うのに相応しい調度品だ。 その絨毯の毛並みの上で、くる、くる、模様が複雑に入り組み、渦を巻いている。それを目で追う。 くる、くる、心の中で育った疑念が、それにあわせて渦を巻く。 つい、押し黙ってしまう。 彼に対する沈黙が、心の中に、育ってくる。 「やー、それにしてもあのパレードはよかったですねえー!」 その沈黙を、打ち破ったのもやはり華一郎であった。 彼は懐かしむように目線を宙に浮かせ語っている。 両腕まで広げているのは彼特有のオーバーなジェスチャーだ。このようにいちいち感情表現が過剰なので、何が本心なのか見分けづらいのも、彼女の不安を育てる一因となっているのだろう。 「みんなで共和国の旗と、連邦の旗と、両方を振って」 「そうそう、皆で馬車で、街道を通って四王都の全部を巡ったんでしたよね」 「あれはすごかったです」 「最近穏やかな話題ばかりではありませんから、ああいう催し事は、これからも行えるとよいですね」 蝶子は、会話に入ってきたミサゴにほんの一瞬だけ微笑みを零しながら、そう語る。 光の加減によっては橙にも輝いて見える、その薄茶色の、瞳までをも力強く笑ませた、微笑みだった。 自ら国の先陣を切って働き、いざ戦場になると男装の伯爵夫人となる、勇敢なる王。 それがこの、誰もが認める蝶子という女性の強さである。 そう、ただ一つの弱点を除きさえすれば…… 「いやまったくです。今度はどんな口実で騒いだものでしょうねえ……」 そう言いながら、はい、と綺麗に丈の整った資料を手渡す華一郎。 ありがとうございます、と、受け取った蝶子との、指と指が、軽く触れ合う。 「あっ」 なぜかその光景に嫌な予感がしたミサゴは、それまでの物憂い態度も何もかも投げ捨てて、咄嗟に身を横に投げ出した。 直後、太いかけ声と共に一枚のガラス窓が盛大にぶち割れる。 「とうっ!」 ばりーん! 「城さーん、見てましたよー!」 「何がですか、フェ猫さん!?」 窓を突き破りながら飛び込んできた中年男は、ビッテンフェ猫という高官の一人だった。 なぜかガラス片の範囲外にいた蝶子が、フェ猫さん、窓ガラス一枚、とメモを取るのに、ああー!とショックを受けながらも、今更つけた勢いは止められず、彼はびしいっ!と華一郎を指差した。 「藩王にはヤガミという想い初めた人がいるというのにあなたはこここ事もあろうに、指を!」 蝶子、にこやかにぶっ倒れる。 「いやだから誤解だというに!?」 机の下に潜ってガラスのシャワーから避難していた華一郎は悲鳴のように弁明する。 「おや、どうしました藩王、そんなところで横になって」 「いえ、ちょっとめ、めめめ、めまいが…」 「やや、ろれつが回っていない! これはいかん、衛生兵、衛生兵はおるかー!」 「だだ大丈夫ですからというかどうしてフェ猫さん、や、ヤガミのことを…」 「そんなこと…藩国中の皆が下はうちの愛娘から上はご老人まで皆周知のことでありますが」 のう城さんと冷静に同意を求められ、華一郎、こくり机の下からこれまた冷静に頷き返す。 のを見てまた蝶子、ぶっ倒れる。 「おう、なんということ! 衛生兵ー!」 「今更だなあ…」 頬杖をつきながらミサゴは、照れて真っ赤になっている蝶子を見つつにこにこ笑って呟いた。 好きな人の事が絡むと、途端に泡を食って挙動不審になる。それが蝶子の弱点なのだ。 「蝶子さん、普段はしっかりしてても結構ぐるぐるしちゃうところあるから…」 「ま、恋する乙女は強くもなり、弱くもなる、って事かねえ」 ミサゴと華一郎のその会話に、立ち直りかけていた蝶子、また倒れる。 そろそろ立ち上がれないかもしれない。あ、穴を掘ってそこに埋まり始めた。 「なにやら藩王の一大事ですかー!!?」 ばりーん!! 「双樹くん、君もかい!?」 ビッテンフェ猫が突き破ってきた窓の、隣の窓から体当たりでこれもガラス片を撒き散らしつつ突入してきたのは、体格のよい、双樹真(ふたき しん)という男。 「割れた窓、抉れた床、そこに埋もれている藩王、避難している城さんに、うろたえるフェ猫さん、そして立ち尽くすミサゴさん…」 すべての材料を一つ一つ並べていく双樹。その大きな頭脳が高速回転を始める。 一瞬で状況を解き明かし、鋭く彼は叫んだ。 「曲者ですね!?」 「ちがーう!!」 蝶子が立ち上がってだだっこのように地団駄を踏みながらつっこむ。 「む」 「は」 「!?」 瞬間、男性陣三人が、鋭敏な感覚でもって扉の方を振り返った。 BOMB!! 「ソーーーーーーックス!!!!」 煙たなびくバズーカ担ぎ、高笑いと共に突入してくるのは髭の男。 「ふはははは藩王、あなたの靴下いただきます!!」 「青海さーん!!?」 慌てて退こうとする蝶子の足元を見て、しかし青海正輝(おうみ まさき)は固まった。 「な…ない!? 馬鹿な、履いてないだと!!?」 「あー、砂漠だしねえ…」 相変わらず寝そべりながら、やる気のなさそうに頬杖をつく手を変える華一郎。 「普通は履かないですよねえ、砂漠だし」 その隣、煙から避難するようにしていつの間にか並んで寝そべっている双樹。 「まさか未着用とは、不覚…はっ!!」 振り返るその頭上に、投網が広がっている。 咄嗟に飛び退る青海。かろうじてかわしたものの、その構えは油断ない。 「ソックスハンター、御用です!!」 「風紀委員会めええ!!」 気がつけば、どこから取り出したのやらミサゴが肩にバズーカを構えている。 投網はそのバズーカから発射されたもののようであった。 大人しい、落ち着いた淑女に見えたミサゴは今や、狩人を狩る、もう一人の狩人と化している。 その唇が、容赦なく仲間を呼んで眼前の怨敵を追いつめる。 「ものども、出会え、出会えー!!」 かけ声と共に、跡形もなく砕けた扉の向こうから、人影が二つ、駆けつけてきた。これもやはりバズーカを肩に担いでおり、いずれも妙齢の女性である。連邦の高官、小奴(こやっこ)と浅葱空(あさぎ そら)だ。 三人は青海を挟みこむようにして対峙する。青海は対峙を嫌って即座に飛んだ。なぜかわざわざ入ってきたところとは違う窓へと、高らかな声で捨てゼリフを残しながらに。 「次こそは、そう、寒い砂漠の夜に欠かせない、寝冷え対策用の靴下を頂戴する!!」 「あ、待ちなさーい!!」 「とうっ!!」 ばりーん!! ぼすぼすぼすっ!! たたたたた…… 「く……逃げられたか」 「次こそは悪の根を」 「ええ、断ちましょう」 窓枠に手をかけ、黄色い砂塵の彼方に逃げ去ったハンターの行方を、どこか悔しそうに目を細めて睨んで見つめる三人衆。決意の表れ、えいえいおーと重ねられる、三つの華奢な手の甲が無駄に麗しい。 「な、何故拙者がかような憂き目に…」 投網でがんじがらめになって転がるビッテンフェ猫の肩を、ぽむ、と両側から叩く男二人。 「危険とは事前に察知するものですよ、フェ猫さん」 「何かあってからじゃ遅いですからね」 うんうんと頷く双樹の肩に、ぽんと置かれる手。双樹は喜ばしそうににこりと笑ってその手の持ち主へと振り返った。 「ああ藩王、よかったですねえ無事に済んで」 「フェ猫さんと同じで真さんも窓ガラス一枚ですからね」 「そんなー!?」 にこやかに笑う藩王と、女性陣に両脇抱えられてしょっぴかれていく双樹とフェ猫とを見比べつつ、無事今日もことなかれ主義を貫ききった華一郎は、元気になったミサゴの背を見送り、にこにこ笑って呟いた。 /*/ 「平和だねえ……」 /*/ 折りしも同じタイミングでその言葉を口にした男が、もう1人いた。 「ノートも開かんで余所見とはご機嫌だなあ、クラディス?」 「いえいえ教授、いたって気分は平静であります。史学はつまるところ記憶するためのものでありますから、記憶対象を眺めながら勉学にいそしむことが一番と私思いますればこそ」 白い煙の上がっている王宮の方を見やりながら、クラディスは自分の肩に手をかけている教授へと、のうのうとそう答えて見せた。 教室から見下ろす街並みでは、いつものことだと皆も王宮の変事に対して関心を示していなかった。今年に入ってから、もう何度目の事か解らないからだ。その人の群れの中を、今、怪しげな人影が爆走し、追いかけるようにして女性達が王宮方面から駆けつけてくる。 まったく平和な事だ。 帝國では粛清の嵐が吹き荒れているという。明確なトップを頂いている組織構造ゆえの事であるため、皆が横並びの共和国では、まったくの他人事として眺めていられる。とはいうものの、同じ世界に生きるものとして、やはり見ていて気分が落ち着かないというのも正直なところだ。 (脳天気に振る舞って見せて、国民の不安を取るのも偉い人達の仕事…っちゅう、事かねえ) また物思いに耽り出す彼の、眺める視線が顔の向きごと、ぐいと動かされた。 にこやかに笑った教授の顔が、彼の両頬をがっちりと手で掴みながらこちらを見つめている。 「よろしい、反省の色がないようだな。 では明日までに学習の成果を見せ給え。本日の授業の内容、この国の建国にまつわるレポートを5000字だ」 ふあい、とクラディスは返事をした後、教授が教壇に戻る背を、やれやれと肩をすくめながら見送った。 人間年取るとああも怒りっぽくなるかねえ。 (しかし…) 実際どうしたものかな、と教室内を見回しながら考える。 この授業を取っている知り合いが、いない。 いつもつるんでいる後輩がいれば話は簡単だったのだが、それは今、別の授業を受けている。 この授業、単位厳しいんだよなあ。 簡単に取れるって聞いたから選んだのに、おのれミードの奴め、この恨みどう晴らしてくれようか、と、理不尽な逆恨みを彼が抱いているところへ、先輩、先輩、と、その肩を後ろからつつくものがある。 振り返るとそこにはこっそり彼にだけ見えるよう開かれたノートが立っていた。 几帳面に整理されていて、使いやすそうなノートだ。 ノートの持ち主は優しげな顔をした青年だった。 長い髪を素のままに垂らした、長身、優男風の青年である。 その笑顔にはしかし、育ちの良さそうな品が備わっていた。 綺麗な金色の瞳が印象的である。 「おお」 小声で快哉を挙げると彼は、青年へと頷き返してハンドシグナルを送った。 口元で指を二本揃えてかっこむ仕草をしてみせる。 だが、ふるふると青年は首を横に振る。 (む、学食では駄目か。贅沢な奴め…) しかし今の経済状態ではそれ以上の額など捻出できない。 追試代と一体どちらが安く上がるだろうかなどと物騒なところにまで発想が及びつつ、彼がしばらく悩んでいると、向こうは指で丸を作ってこちらに見せた。 クラディスは安心して頷く。 (なんだ、ただの釣り上げ目的のはったりか) 無事交渉が成立し、手元のノートを教授対策に見せかけだけ開きつつ彼はさもあらんと内心独りごちた。 (自分もよくやる戦法だ。しかし、そいつは往々にして通らないものよ) そう、需要と供給は、バランスが取れてこそなのだから。 /*/ 授業が終わった後、済まんな、と彼は件の青年へと鷹揚に告げた。 周りでは、この後の昼休みに向けて、学生達がぞろぞろと道を急ぐように席を立っている。この分ならば自分が誰かと話しているところなど、あの教授の老眼では目に入るまいと、たかをくくっての行動である。 背は小さいが傲岸不遜、それがこのクラディスという学生の特徴であった。 恩人を待たすわけにはいかんな、という建前を口にしつつ、自分が行列に並んで料理を取ってくるのが嫌で、早めに済ませようと彼は立ち上がりながら青年へと促した。 「では、行こうか」 「?」 「どうした、不思議そうな顔をするな。学食一回でOKだったのではないか?」 「ああ…」 最初は怪訝そうだったが、それを聞いて、納得したように青年は破顔した。 彼はさらりともう一度同じハンドシグナルをして見せながら、クラディスへと説明して見せた。 「違いますよ、先輩。これはタダでいいってサインです」 「馬鹿な!? そんなサインが実在したとは……」 あまりにも自分とは異なる世界の現実に、跪きそうになるほど動揺するクラディス。 ふと、まったく別の事に思い至って彼は踏みとどまった。 「はて… 先ほどから貴様、先輩先輩と気安いが、どこかで面識があったか? 済まんが思い出せんぞ」 大真面目に悩む彼のことを、くすくすと楽しそうに青年は笑った。 「この藩都大学では有名ですよ、先輩は。 それに、ミードと僕とは語学のクラスが同じなんですよ」 「ほほう、ではさぞかし俺の素晴らしさを聞き及んでいることであろう。 うむ、知遇を得られて幸いと思うがいい」 「うーん…噂通りの人だなあ」 「そうだろう、そうだろう」 微妙に食い違っている互いの見解がさておかれたところで、彼は改めて自己紹介を始めた。 「初めまして、先輩。僕はムゥエと申します」 /*/ 「ほほう、あの男、そんな経歴の持ち主であったか」 その夜、ムゥエから借り受けたノートを今期分丸ごと頭から写しつつ、クラディスはミードの話に相槌を打った。 既に時刻は夜半であり、砂漠特有の干し煉瓦で積み上げられた四角い家は、砂が入り込まないよう、窓を小さく作られており、今はその窓も閉じられていて、机上を照らすランプ以外、密室に灯される明かりは一つもなかった。 箪笥と机兼テーブルを除けば後は寝床だけという、実に質素な家である。ミードは既に、毛布を敷いただけの簡素な寝床であぐらをかいて寝る一歩手前の格好だ。 「『あったか』、じゃないですよ先輩、だからあれほど授業はまともに受けろと」 嘆くミードは中肉中背、これといって目立ったところのない男だったが、どこかひょうきんなところのある青年だった。そのひょうきんさは、本人生来のものというよりは、どちらかといえば、この厄介なルームメイトのつっこみ役に回っているうちに培ったもののようである。 ムゥエはぼやくように言った。 「いやだってなあ、史学なんて、テキスト読むだけでいいんじゃね?と思って」 「駄目ですよ、駄目。大駄目」 「お前先輩に向かって遠慮がないなあ」 「学年上は同級じゃないですか」 「そこだ!そういうところが遠慮がなくていけないぞお前、もっとこう、ムゥエの奴を見習ってだな…」 「はいはい、いいからさっさと写してくださいよ。照明代だってただじゃないんですから」 むう…と、もっともなことを言われて唸りながら、クラディスは仕方なく机上に集中する。 ノートの文章は、文字を含めてとても端正なものだった。 口頭の発言を、一本の流れを作るようにして、自らの理解の中に組み込んでいく。板書の写しもただの引き写しではなく、自分なりに注釈や入れ換えを足しており、見ているだけでわかりやすいのにするする理解が進んでいく。 頭のいい奴だ、とクラディスは感心した。 既にムゥエと知遇を得ていたミードによれば、彼はこの国有数の資産家の一人息子らしい。 元をたどれば騎士の一族にも連なる名門で、父一人、子一人の家庭環境ながらに、大切に育てられた、いわば御曹司であるという。 「サラブレッドだねえ…」 「そこ、無駄口叩かないで手を動かす!」 この野郎教授より厳しいじゃねえかとぼやきつつ、もう一枚、レポート用に開いたノートへと、時折要点を書き出していく。 ランプの油代も節約しなくてはいけない身からすれば、不自由のない生活が出来るムゥエの立場は素直に羨ましいが、それははたして本人にとり、どれだけ幸せなものなのだろうか。 今日、あの後話した限りでは、それでもムゥエはいい奴のようだった。 生まれに驕りを抱くこともなく、さりとて周りと違うことに対する引け目を感じている様子もない、実に自然体な男だ。 父親の育てがよかったのかねえ、と考える。 世の中には二親が揃っていないことなど珍しくもない世界がある。しかし、幸いにもこの世界はそうではない。 そんな中で、欠落を抱えて生きていくことは、決して容易いことではなかったはずだろうに……。 「…………」 ちら、と肩越しにミードを振り返る。 ミードは腕組みをしたまますっかり寝入っていた。 しょうのない奴だ、と、肩に毛布をかけてやる。 (それとも、欠けているがゆえにこそ、かな……) 人は、欠落を埋めるために生きている。 生まれ落ちたその瞬間から、死という最初にして最後の欠落を与えられ、それを埋めるために一生をかける。すべてはその同型反復のようなものだ。 互いに異なりあうもの同士だからこそ、男女は惹かれあい、結ばれる。 互いに異なる欠落を抱えているもの同士だからこそ、人は手をつなぐ。 それが絆という言葉の本質だ。 きっとムゥエ親子はそのようにして、お互いの欠落を補い合うことで、普通よりも一層強く絆を結んでいるのだろう。 本人が起きている目の前では口が裂けても言えないが、いや、思うことも恥ずかしいが、自分とミードが、ある意味ではそのようにしてバランスを取り合っているように、だ。 「そういやこいつ、何のために史学なんぞ取っているんだ?」 あれこれと、そんな風にして考えを巡らせているうちに、ふと、そんな疑問が生じた。 ムゥエのノートは綺麗に整理されている。しかし、多かれ少なかれ、整理には目的が伴うものだ。 こいつのノートは学ぶため以上の目的が存在していないように見える。 単位を取るためだけの自分みたいな人間ならともかく、興味を持たない授業を取っても仕方あるまい。 写しの総まとめとして調べるつもりで、通して読み返すうち、クラディスはすぐにあることに気がついた。 ノートに記された補記は、共和国と帝國の関係に関する記述が圧倒的に多かった。 /*/ 翌日彼は、ありがとな、と、待ち合わせの場所でムゥエにノートを返すと、なあ、と立ち去ろうとするムゥエを呼び止めて聞いた。 「お前、期末レポートの題目、何にするつもりなんだ?」 「? おおまかには、ビッグセブンの成立過程についてですけど…まだ細かいところは決めていませんよ」 「そうか…いや、つまらんことを聞いて悪かったな」 だとすると、あれは個人的な調べものか。 共和国領内で帝國について調べるのは大変なはずだ。大方、自分の家系についてでも調べようとしたんだろう。いつ移民してきたのかは知らないが、騎士は、帝國の爵位だからな。 そう納得を一人で済ませると、クラディスはくだらない個人的な詮索をしたことを少しだけ後悔しつつ、挨拶もそこそこに次の授業がある教室へと去っていく。 「……………」 その背を、その場に立ち尽くしながら、じっと見つめるムゥエの金色のまなざし。 /*/ それが、『その日』がやってくる前の、最後の風景。 /*/ →『第二章:始まりの日』
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セレバケ版テイルズ@wiki テイルズオブシリーズの情報を徐々に増やしていく予定です。 管理人のサイト セレスティアルバケーション 公式サイト テイルズチャンネル ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。 このページは自由に編集することができます。 メールで送られてきたパスワードを用いてログインすることで、各種変更(サイト名、トップページ、メンバー管理、サイドページ、デザイン、ページ管理、等)することができます (只今管理人のみ編集可能設定) ■ 新しいページを作りたい!! ページの下や上に「新規作成」というリンクがあるので、それをクリックしてください。 ■ 表示しているページを編集したい! ページ上の「このページを編集」というリンクや、ページ下の「編集」というリンクを押してください。 ■ ブログサイトの更新情報を自動的に載せたい!! お気に入りのブログのRSSを使っていつでも新しい情報を表示できます。詳しくはこちらをどうぞ。 ■ ニュースサイトの更新情報を自動的に載せたい!! RSSを使うと簡単に情報通になれます、詳しくはこちらをどうぞ。 ■ その他にもいろいろな機能満載!! 詳しくは、FAQ・初心者講座@wikiをみてね☆ 分からないことは? @wikiの詳しい使い方はヘルプ・FAQ・初心者講座@wikiをごらんください。メールでのお問い合わせも受け付けております。 ユーザ同士のコミュニケーションにはたすけあい掲示板をご利用ください
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TALES OF LEGENDIA/TOL PS2 ○通常ルート 電源投入からシュヴァルツ撃破後にセーブに関する記述が出るまで プレイヤー 動画 タイム 投稿日 備考 braster sm23626941 19 56 40" 2014年05月24日 名前 コメント すべてのコメントを見る
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テイルズオブデスティニー2 バグ #blogsearch テイルズオブシンフォニア バグ #blogsearch テイルズオブリバース バグ #blogsearch
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発売前情報 PV PS3「テイルズ オブ エクシリア」PV第1弾-シナリオ編- http //www.youtube.com/watch?v=xLvwXrnGhA8 PS3「テイルズ オブ エクシリア」PV第2弾-シナリオ編- http //www.youtube.com/watch?v=Q_a0bCpnoU4 PS3「テイルズ オブ エクシリア」PV第2弾-システム編- http //www.youtube.com/watch?v=mzXCfwE6TMY PS3「テイルズ オブ エクシリア」PV第3弾 http //www.youtube.com/watch?v=qAmBth3GpjQ シナリオ 「リーゼ・マクシア」という精霊術の文化を基盤として発展した世界が舞台。 人間は脳の「霊力野(ゲート)」と言われるものからマナというものを発動することが出来る。 精霊は生きる糧であるマナを受け取り、人間に力を貸す。 精霊術は一般生活のいたるところで使用されている。 精霊は実体化しなければ人間からは見えない、故に精霊の力の恩恵を受けていても精霊を見ることは非常に稀である。 精霊を太古から束ねるのが元素の精霊マクスウェルと呼ばれるもの。 リーゼ・マクシアはラ・シュガルとア・ジュールと言う2国に分かれている。 2国は全土の覇権を争い対立関係 ラ・シュガル王は独裁体制、対外侵攻制作を進める 戦闘システム DR-LMBS(ダブルレイドリニアモーションバトルシステム) 操作キャラクターとターゲットを結ぶライン上を移動し、左スティックの方向とボタンの組み合わせで攻撃するシステムをそのままに、2人で協力して戦うというスタイル。 ACとTPの二つを消費し、ACが続く限り自由に攻撃を繰り返すことが出来る。 TPは主に回復系の術を使用することが出来る。 特性 ジュード:【集中回避】 敵の攻撃を回避した際に瞬時に敵の背後に回り込む。 その後は一定時間敵が無防備状態となり、自由に攻撃をすることができる。 ミラ:【魔技】 術ボタンを短く押すと、詠唱なしで『魔技』と呼ばれる技を発動。 術ボタンの押し方によって変化。 アルヴィン:【チャージ】 大剣と銃を合体させることでチャージ技を使うことが出来るようになる。 1回のチャージにつきチャージ技は1回のみ。 レイア:【活伸棍術】 敵の攻撃をバックステップで回避した際、棍が光って一定時間だけ長くなる。 レイアの成長で効果時間が延長。 エリーゼ:【スイッチングティポ】 ティポオン…ティポがエリーゼの背中にくっついた状態となり、精霊術の威力が高くなる。 離れた場所から術主体で戦うのに適したスタイル。 ティポオフ…ティポがエリーゼに追従して動く状態となり、物理的な攻撃をすることが出来ます。 術師としての能力に加えて、接近戦の要素も備わったスタイル。 ローエン:【術後調律】 自ら発動させた精霊術に対して、術発動後に様々な操作を行うことが出来ます。 ランダムトレジャー 捜索袋 フィールド、ダンジョン等に落ちている袋。 「調べる」コマンドで中身の確認、取得。 一度取得すると袋は消えるが、暫くすると復活している。 (固定か所内の何処に現れるかはランダム) 中身は素材系アイテムでランダム。 捜索ポイント 街、フィールド、ダンジョン等の輝く小さな光。 「調べる」コマンドで取得。 捜索袋と違い、木の上や柱の上、陰などのさまざまな場所に点在。 (カメラの一定の視覚内に入って取得できるのでカメラを様々な方向に動かす必要あり。)
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「S」の一覧 SA SBK SAE規格 SG規格 SI単位系 SNELL規格 SOHC SOx SPEC sq SR SS STD SUZUKI SYM SV 2007年04月30日
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十一月。 ある臨港施設の従業員が、先月から失踪していたことが判明した。 当局は捜査に取り掛かったが、一向に手がかりは掴めず、その事件はニュースにも載らない。 その月はそれだけ。 /*/ 十二月。 久方ぶりの深刻な動乱が、国の隔てを越えたところで勃発した。 それを契機に、ある条約の破棄が成される。 その月はそれだけ。 /*/ その翌年の一月。 「…………」 昨年秋から継続されていた大法官の調査により徐々に明らかになっていた、共和国内部の動乱の種に、皆の耳目が集まりつつあった。 人々は元大統領の暗躍の記録を追い、頭上の脅威に怯える一方で、肝心の足元が安泰だと、そう信じて疑っていない。 頃合だ。 レグ=ネヴァはHAに別れを告げ、連邦に戻った。 /*/ 既に彼を彼と見分けることは、かつての級友にも不可能なことであった。 かつて灰色であった髪は白く染まり、長くなり、褐色を濃くしていた肌は、内側からの強い張りによって、さらに濃く、今や黒にさえ見える。細身の肉体は肩幅を変えるほど厚みを増し、盛り上がる僧帽筋が華奢だった首を短くしている。 何よりも、その顔立ちは、黒塗りの一振りの刃のような鋭さを帯びていた。 また、それらのすべてをさらに旅行者として装い直している。 強靭な意志力が、鋭さを、鞘に収めて温厚とし、しなやかな筋肉が、高い身体能力を最小限に殺して街並みに紛れさす。 いまや千人力にも匹敵する能力を持つ彼は、そのようにして一般人としてまったく埋没していた。 「じき、バレンタインになって観光客が増えるんですよ」 そう、親切にも船着場で解説したのは、出入国を管理している舞踏子の一人だった。 なるほど、とレグ=ネヴァは実感する。 若い女性の応対ならば険が立たない。こうして水際で感覚の鋭い彼女達が、不審者を炙り出すための警戒網も兼ねていたのだ。 かつて長く住んだはずの故郷の持つ、いくつもの顔を、何も理解していなかったことに改めて気付く。 その顔が、愛を語る一方で自分達を踏みしだき、そして救わなかったのだ。 それを思うと唇に、師と同じ、毒の滴るような笑みが自然と浮かんできた。 それをわかる自分に育て上げてくれた師を、誇る思いが浮かんできた。 今では自分には二人の父がいると思っている。 ムゥエという名の自分の父と、レグ=ネヴァという名の自分の父と。 愛は、必ず報いるか。 そうだなと冷笑し内心同意する。 一人の父を喪って、そしてもう一人の父を、自分は得たのだ。 いいだろう。それだけは認めてやる。 だが、それだけだ。 『俺』の愛は、お前に報いてお前を殺す。 お前の愛が、『僕』を殺したようにだ、連邦よ。 そう彼は心の中で呟いた。 半年振りの港通りには観光客が押し寄せていた。愛の国として知られているせいだろう、バカンスを楽しむにはもってこいのロケーションとして認識されているらしい。 また、この国はどうやらしばらく見ない間にいささかの蓄財をしたらしく、随分とあちこちが活気付いていた。かつて戦争が起こるたびに存亡の危機に瀕していた国とは思えない、成長振りであった。 レグ=ネヴァは視界を賑やかに満たすそれらの人々を眺めてほくそえむ。 今のうちに楽しむといい。 じきにこの繁栄はすべて消え去るのだから。 /*/ 最初の数日間は、入手した情報が正確かどうかの観測に努めた。 「与えられたものをただ鵜呑みにするな。そんなものは鵜と同じだ。理解がなければ消化せず、ほんの少しの刺激で吐き出して、終わり。それだけだ」 情報を与えたHA自身の教えだった。 見ると、はたして王宮周辺の警備は手薄のようでいて、確かに幾重にもラインが敷かれていた。かつてはこの界隈で起きていたドタバタ劇を見ては、この国は大丈夫なのかと心配する事もないではなかったが、あれでちゃんと備えは成されていたのだ。 また、カール=T=ドランジは、やはり定期的に別の藩国へと移動しているらしかった。決行に際し障害となりはしないだろう。ACE蝶子は王宮の奥にいるのか一度も姿を見せた事はなく、たまに見かけたと思ったら、それは足の運びで藩王蝶子であるとすぐにわかった。 ウィングオブテイタニア、妖精の女王の異名を取る、このACEについては、やはり直接見た限りでは、奇襲が成功すれば問題なく無力化出来るレベルだった。主力として働いていたという話だが、所詮はこの国の中での事であり、戦場の主力にはなりえない。 不確定要素を一つずつ外し、頭の中で最大限の柔軟性を持った段取りを組んでいく。 妙な事に、この国にはいないはずのACEの存在が幾度か確認された。ただそれは、おおよそ高官達について回るものらしく、それらの行動範囲を避ければいいだけのことだ。 何十人もの行動パターンを、一枚のシートの上で重ね合わせて見る。 本来は完全に埋め尽くされているはずの、その警戒網に、自分の能力を含めると、少しずつだが空白が生まれてくる。 その、空白と空白とが重なりあうポイントは、限りなく少ない。 ようやっと見つかった隙間はほんの一点だった。 だが、一点でいい。 あちらはすべてを防がねばならない。だが、こちらはそのたった一点だけでいいのだ。 ゆったりと、かつて父と暮らした藩都の邸宅付近に宿を取り、彼は己をさらに鍛え上げながらその時を待った。 /*/ 月と、風のない夜。 影が王宮の外壁へと忍び寄る。 星を見て、時を計った。 じき、ここを見張りが通る。 レグ=ネヴァは息を殺した。 息とは意気である。あらゆる意も、気も、己で殺して無にする。 そうすると、奇妙な事に、人は、人を認識出来なくなる。 心こそ、人の形、そのものなのだという、証のような現象だった。 必ずの成功を約束されたその行為に、だから不安も期待も何もない。 ただ、そうあるだけだ。 そうあるように、心を殺す、それだけだ。 「異常、なし……」 曲がり角から現れて、辺りを念入りに見回したのは、巨大なスパナを背負った女性だった。 青黒い軍服を着込んでおり、いちいちそうしているのだろう、人の潜めそうなところを、警戒して調べている。 そうして、レグ=ネヴァのいるところを、 あっさり彼女は通過した。 無防備な背中を見て、無感動に反射が思う。 いつでも殺せる背中だ。 いつでも殺せる背中は、いつまでも殺さなくてもいい。 そんなものはないと同じなのだから。 丹念な精査を続けつつ、進んでいく彼女の姿が見えなくなると、レグ=ネヴァは外壁の近くに忍び寄り、予め用意してきた布を取り出した。 その布の上には紋様が刻まれている。 確かにレグ=ネヴァには魔術の素養はない。また、それを学びもしなかった。 だが、そんなものはどうでもいいのだ。要はそれを扱えるものから協力を乞いさえすればいい。 術式が崩れないよう、HAから教わった通りに、見えはしないがそれが仕込まれているだろう場所へと、布を一枚一枚置いていく。 その上を、またいでから、また布を回収する。 それで終わりだ。 レグ=ネヴァは、そうして王宮の外壁を悠然と突破した。 /*/ 機械的な警備システムについては少してこずった。 プログラムには手をつけられないため、ハードの方を欺き、無力化するしかなかったのだ。 HAが同型の設備を取り寄せ、それに対するシミュレーションを行っていなければ、到底ここを乗り越える事は出来なかっただろう。師に対する信頼を深めつつ、王宮内部へと忍び込む。 王宮内の廊下に敷き詰められた深い絨毯の毛足は、忍び込んでみるとおそろしくよく足音を吸い込んで、厳しいHAとの訓練を経たレグ=ネヴァにとり、まるで無防備な腹を晒しているかのように感じられた。 肝心の、藩王・蝶子の居場所はわからない。 だが、焦る必要はない。懐まで飛び込んでしまえば、わざわざどこかに自分のような存在が隠れていると、疑ってかかるものなどいないのだ。そうであれば、もはや誰にも見破られる事はない。 慎重に、予め決めてあった進路を進んでいく。 かたん。 「!」 不意に壁から音がした。咄嗟にレグ=ネヴァは身を隠す。 壁は、外に向かった側ではなく、部屋などのある内側だ。こんなところに隠し扉があるなどとは見取り図には書かれていなかった。 テイタニアだろうか。 だとしたら、気付かれる前に仕掛けなければすべてが台無しだ。人を呼ばれては、さすがに多勢に無勢、暗殺者であるレグ=ネヴァには成す術がない。また、テイタニアでなくとも、見回りの人間であれば、外の舞踏子がそうしたように、今隠れている場所も確実に確かめてくるだろう。隠蔽術には絶対の自信があったが、賭けになる事には違いない。 (どうする……) 一瞬の間に思考が分岐する。殺すか、やりすごすか、二つに一つだ。 「…………」 結局彼は決断をではなく、忍耐を選んだ。つまり、身を潜め続ける事を。 「ん…なんか、知らないにおいがしたような…」 はたして、壁の一部を押し上げて、ことん、という小さな音と共に出てきたのは、一匹の、黒い毛並みの猫だった。 一旦いないことを確認した後では、猫はまったく警戒の対象外だった。だが猫は、夜目が効く。そして声が高いので、よく響く。何よりサイズが小さく、天性の暗躍者である。こういう猫用の隠し通路があるなどという事態を想定していなかったことは、完全な自分の油断だった。 一瞬でも隠れるのが遅れていたら、姿を見られ、鳴かれていただろう。また、殺す事を選んでいたら、人体とは勝手が違うため、口を塞ぐのが間に合わず、その断末魔が住人達の目を覚ます結果になっていたかもしれない。 ひやりとした。 「んー……」 その黒猫は、しかし面倒くさそうにあくびをすると、とふとふ絨毯の毛並みを踏んで、彼の潜む場所とは反対側へと行ってしまった。 猫の嗅覚は人間並みだ。 犬であれば、アウトだった。 危なかった。 HAでさえ知らなかった隠し通路があるとは思わなかったが、見取り図についてはさすがに管理が厳重で、新しく入手出来なかったので、鵜呑みにしてしまっていた。 反省しなければ。 今度は壁にも注意を払いながら進んでいく。 /*/ 一つ一つ、普段、藩王蝶子が使っているという場所を、確かめていく。 まずは寝室。 ここにはいなかった。眠っていたのは虎縞の雌猫だけだ。 次に、私室。 ここにも姿はなかった。誰かと嬉しそうに二人で写っている写真が、机の上に飾られているだけだ。 その無邪気な笑顔に、写真を引き裂いてやろうかとも思ったが、行き違いになって侵入者がいると気付かれてはいけないので自制した。 最後に向かったのは、藩王の執務室だった。 ここにいなければ、後は可能性の高い順に、使われそうな部屋をしらみつぶしにするしかない。 (内通者さえ一人でもいれば、たやすかったものを……) だが蝶子は慕われていた。少なくとも、彼が噂を聞いた限りでは、高官達に藩王に対する不満はないようだった。 もし、知らないところで確執があったとしても、それは彼女の身の危険を招く恐れのある密通行為には手を貸さないだろうという、そういう評判だった。 仲がいいことだと皮肉に思いながらレグ=ネヴァは執務室へと近づいていく。 身内に優しい藩王様。しかし、あくまで脆弱で、自分達のような民草にまではその対象を広げることのない、愚かで矮小な愛の持ち主。 無能は、罪だよ。王様。 結果だけが世界のすべてなのだから。 そう傍白しながら胸にたぎる殺意を抑えつつ、近づくにつれ、徐々にはっきりとしてくる、人の気配に、レグ=ネヴァは緊張を高めていった。 いる。 この室内の中に、誰かが。 ついに、たどりついた。 レグ=ネヴァは、音で気付かれないよう扉の各所に油を回し、執務室の扉に手をかける。 /*/ 彼女はそこに佇んでいた。 その佇まいからは、彼女がACE蝶子であるのか、藩王蝶子であるのか、見分けはつかない。 なぜなら、彼女はただそこに佇んでいたのだ。 思いのすべてを、仄かに差し込む月明かりに、まなざしでなげかけながら、佇んでいたのだ。 そこに、思う以外の心はない。 そこに、思う以外の姿はない。 佇まいから、能力の多寡を推し量ることが、出来なかった。 レグ=ネヴァの脳裏にHAの言葉が甦る。ACE蝶子、お前に彼女は殺せない。 しかし。 しかし、今だけが、唯一のチャンスなのだ。 まだ彼女はこちらに気付いていない。 右腕の付け根、義腕の接続部位が、痛みで軋んだ。 胸の中の空白が、際限もなくその痛みを押し広げる。 もうすぐだよ、父さん。待っていて。 やっと仇が討てます。 そう、なだめすかしてもなお、痛みは消えることがない。 痛みを抱えたまま動くのは意識が散漫になって危険だが、これ以上ためらっていては気付かれる。そうすればすべてが終わりだ。 レグ=ネヴァは、一つ、ゆっくりと呼吸をすると、 痛みを噛み殺し、腰からナイフを抜き放って、旋風のようにその身を前方へと翻した。 /*/ 鋼の軋る、音がした。 星明かり一つ射し込まぬ暗闇の中で、唯一確かなその音は、まるで眼前に立つ人物そのもののように無感動なほどの揺らぎのなさで轟いて、聞く、胸の中に軋みが伝う、そんな響きを帯びていた。 装いすべてが漆黒に塗り潰された侵入者の、薄くつむっていたまぶたが開く。 強く、問いかけるように見開かれた瞳が金色に明るい。 「動くな」 滑り出た声は鋼であった。 今にも溶け出しそうな灼熱を帯びた、かろうじて形を取る、高圧の殺意を放出する、鋼であった。 その切っ先は今喉元にナイフとして現実の形を取って突きつけられている。 低く、しかして他に音を生み出すものもないこの限られた室内においては、その小さな押し殺された声は充分過ぎるほど耳に刺さった。その声色からは、意外にも彼が年若であることが察せられた。 「……どなたですか」 「レグ=ネヴァ」 言葉と共に、金色の殺意が視線を渡り、伝わってくる。 その金色は、闇に灯された唯一の光の如く、回答以外のいかなる動きに対しても殺意でもって応じると、そう語っていた。 「答えを」 見つめる先で、唇が動いた。 「俺達は、何のために生かされている?」 それははたして問いかけなのだろうか、と、『あなた』は思う。 生まれた意味を求めることは、問いかけではなく、もはや苦悩なのではないか。 そう感じた時、初めて彼のことを理解出来そうな気がした。 伝えたいことがある。 答えたいことよりも、もっと、多く。 『あなた』はそうして手をのばす。 『この体』を通じて、彼の頬へと。 /*/ 「……ある人は、世界に生まれた意味を求めることなど無意味だと語ります。我が意を通し、あくまで敵と認めた存在を退け続ける意志のはびこる、とても一方通行に都合のいいこの人界に答えを求めることに、意味なんてないと、そう言います。 またある人は、そんな事、語るまでもなく、その身に感じることで理解するものだと信じています。 私にはわかりません。 誰かにとって、『あなたたち』は帰るべき居場所、そのものです。 誰かにとって、『あなたたち』は消せない自分の分身、そのものです。 私にはわかりません。 私が今、ここに生まれてきた意味の答えを知らないように、私には、命が生まれてくる意味の答えを知り得ません。 ただ私は、あなたに、あなたたちに幸せに生きていてほしい」 そ、と、男の頬に、手を添える。 「どうかお願いです、笑ってください。 私は罪と共に生きます。生き続けます。 それを知らない人がいたとして、それを記憶に残すことなく通り過ぎた人がいたとして、私は、私だけは、あの日のことを忘れません。 私だけではなく、そう思う人もいるでしょう。 けれど私は死ぬわけにはいかない。私が死ねば、大勢の人たちが巻き込まれてしまうから。 私は、けれど、本当はあの日、あの時、裁かれるべきだったのかもしれない。 だから、いつか、こんな日が来る事を、望んでいたのかもしれません」 突きつけられた刀身を、素手で、握りしめる。 「私達は、笑います」 そう告げながらに見せた彼女の微笑みは、痛みでだろうか、細く歪んでいたけれども、 けれども、確かに微笑んでいた。 「皆と一緒に、笑いあい続けます。 人を、殺したその手で…… 何も見えていなかった瞳で…… 誰かと手をつなぎ、誰かを抱き締めて、そうして私達は、未来を見つめながら、生き続けます。 あなたが私を殺すというのなら、どうすればよいか、私にはわかりません。本当に、わかりません。けれども、私も、あなたも、共に生きる道はないのでしょうか。 殺されてもよいと思う気持ちもあります。けれども、殺されるわけにはいかない理由もあります。だから、殺しあうことになるのかもしれません。 でも…… ぶつかり合う中で、それでも、あなたと私がわかりあうことは、出来ないのでしょうか?」 刀身を、握る手が震えている。 滴る血が刃を伝い、握る彼の手、腕を伝い、服の内側にまで流れこんでくる。 微笑みは、とても穏やかであったけれども、ほんの少しだけ強張ってもいて。 強く、挑発しているようでもあり、ぎゅうと愛しくまなざすようでもあり。 罪を重く担ぎながらも、しかし諦めを知らずに輝いている。 「お願いです。笑ってください。 そして、私にあなたを教えてください。 この国で、あなたがどのように暮らしていたのかを。 この国で、あなたが何を失ったのかを。 そんなに悲しい顔をしないでください。 生きていてくれて、ありがとう。 それでもここにいてくれて、ありがとう。 私にあなたを愛させてください。 私にあなたの名前を呼ばせてください。 私の名前は蝶子です。 私の名前はレンジャー連邦です。 私の名前はみんなのものです。 私の命はみんなのものです。 けれど、今、ここにある、この意志だけは、私のもの。 お願いです、顔も名前も見知らぬあなたよ、どうか私に、あなたの名前を教えてください」 血を、止めることもせず、 力いっぱいに彼を抱きしめる。 手が、男の背を汚した。 うなじが、ナイフに向かって晒された。 鍛えられた肉体に対してあまりにか細い。 突きつけられた殺意に対して、あまりに無防備で。 けれど、彼女は彼を、抱きしめた。 「もう、私は誰も殺したくない。だから、私はどうしても死ぬわけにはいかない。 償うことが許されるのなら、私を信じてはくれませんか。 償うことを許されぬのであれば、あなたは生きてはくれませんか。 あまりに甘えた弱い自分と、あまりに甘えた無知な自分を、私は今、乗り越えるために、ここにいます。私は今、乗り越えて、ここにいます。 笑ってください。そしてどうか、幸せになってください。 それだけを、望む生ではいけないのでしょうか。 それだけを、望む私ではいけないのでしょうか。 私から、あなたを取り上げないでください。 だから」 お願い、と、その唇は言った。 「あなたの名前を、呼ばせてください」 /*/ 生まれてきた意味を、知ることは誰にもできないけれど、 自分で決めることは、できるでしょう? そう告げた彼女の背を、レグ=ネヴァは無機質に刺した。 /*/ 「死ねばいい!! 何もかも、消えてなくなればいい!!!! お前等の矮小な愛にはもううんざりだ、もう飽き飽きだ、自己満足のために語る偽善と愛ならそんなものは捨ててしまえ、くそっくらえだ!!!!!!! お前達が笑って生きるそのために、俺達が、どれだけ大勢の『俺達』が、巻き添えになった!!!! お前達が誰かを愛して守るそのために、どれだけの『俺達』が巻き込まれた!!!!!! 俺達が一体何をした、お前達に望まれてこの世に生を受け、しかしそれも、ただの『ゲーム』か!!!! もう無力なままの木偶でなどいてやるものか。俺には力がある。お前をこのまま殺せるだけの、力を、得た!!!!!! オーマ!!? アラダ!?! 世界の運命!!!!!?? 知ったことじゃない、知ったことじゃないよ、そんなもの、誰が望んでそんな世界に生まれてくるものか、産み落としたのは『お前等』じゃないか!!!!!! そんな世界で生きるくらいなら、他の連中だって死んだ方がましだ!!!!!!」 なおも頬に触れてくる蝶子の手を、レグ=ネヴァはまるで悲鳴のように払いのける。 「俺に触るな。 罪を思うなら死ね。 すべての終わりをこそ望んで俺はここに来た。 父は言ったよ。人殺しとは、もっとも罪深い事だと。それは世間がそう定めたからではない。己の心を一文字に意志の力で切り裂いて生み出す、もっとも尊いはずの『必ず』の意志を、自ら汚す行為だからだと。それをすれば、人の心はそこで死ぬ、と。 だが、もう、この世界ごと俺は終わって構わない。 他の誰が巻き添えになろうと、もう俺に、世界なんて残されていない。 俺が失ったのは、すべてだ。 あんた如きに俺の何も残してなどやらない。 だから、死ね。 最後にもう一度言ってやる。 俺の名は、レグ=ネヴァだ」 「…………!」 く、と、 抉りこまれた分だけねじり出されるように、空気が蝶子の口から漏れた。 「ありがとう、命をくれて。 あんたが大人しくしていてくれたおかげで、俺は逃げ延びるチャンスが出来た。 言われた通り幸せに生きるとするよ。 笑えだと? 笑えるはずがないだろう。 父さんは死んだ。この右腕も偽りだ。俺に生きる場所は残されていない。俺を救わなかったあんたたちに、何を言われても届かない」 ゆっくりとナイフが押しこめられていき、肉の繊維の千切れる音が、互いの体の中に響く。 苦痛に顔を歪めながら、それでも彼女は彼を抱きしめ続けた。 「嘘…でしょう…」 「何?」 「名…前、です」 鮮血がヒールを伝って床を赤く濁す。 「レグ(Reg)=ネヴァ(Neva)…裏返せばそれは復讐者(Avenger)、あなたの本当の名前ではない」 「だから…どうした!!」 「そのような名前は捨てて…本当の、あなたの名前を、聞かせてください」 ドン! とレグ=ネヴァは蝶子を突き飛ばす。 崩れ落ちるように蝶子は膝をついた。 左手で、溢れ出る鮮血をかばうようにして、ナイフが刺さったままの肩甲骨のあたりを抑える。 「私の名前は蝶子」 「う…うる、さい!!!! だから、どうした!!!!!」 一瞬の怯みがレグ=ネヴァを支配する。 なぜだ。なぜ、この女は怯まない。 なぜ、この女はこうまで俺の、名を聞くことにこだわる。 「お前の名前なんて嫌というほど知っているんだよ!!!!!」 振り払うような怒声。 突然光が生まれた。 全館に明かりが灯り、警戒態勢のサイレンが鳴り響く。 「ちッ……!」 騒ぎすぎたか、と、レグ=ネヴァは舌打ちする。 駆けつけてくる足音に、彼はなおも予備のナイフを一振り抜き放ち、咄嗟に蝶子へ飛び掛ろうとする。 「く……!!?」 蝶子は既に立ち上がっていた。手の中に、己の肉を抉ったナイフを収めている。 相手は、殺されるわけにはいかないと言った。 そのためには、殺しあうしかないのかもしれないと。 もし彼女がACE蝶子であるならば、襲い掛かるのは致命的だ。 白兵において、万人力にも匹敵する相手を屠る手段を彼は持っていない。 だが、もし彼女が藩王蝶子であるならば…… 「何事ですか!!」 「蝶子さん!!」 声と共に、体当たりで扉をあけて飛び込んできた人影に、反射的に彼の身体記憶は飛び退り、ナイフを投げつける。 「うお!?」 「曲者か!!!!」 腕にナイフの刺さった男が怯む。 (機を、逸したか……!!) 疾風のようにレグ=ネヴァは扉の方へと踏み込んでいき、わけもわからず自分を取り押さえようとしてくるものたちを吹き飛ばす。 「くそ、警備は何をしてた!?」 「す、すみません…!!」 「いい、それより、早く包囲を!!」 続々と押し寄せて来る人手に、もはやこれまでと思ったか、彼は王宮の壁を素拳でぶち抜く。その衝撃に耐えかねて、義腕が根元からもげ砕ける。 「くうっ……!!」 苦痛に顔を歪めるレグ=ネヴァ。 「逃げるのか!!」 「お前は何者だ!!」 それらの声には反応を示さず、レグ=ネヴァは蝶子の方を振り返る。 「そんなに…そんなに知りたければ教えてやる、蝶子。 俺の名はムゥエ。ただの、ムゥエだ!!!!」 「ムゥエ……」 レグ=ネヴァは、壁の穴から闇夜に身を翻し、落ちていく。 「追え、追えー!!」 「暗殺者だぞ!!」 さすがに穴から追いかけるわけにもいかず、駆けつけた人員は再び廊下を駆けずりまわって降りていく。 その、人が潮のように引いていく中で、身を案じて駆け寄るものの手を遮り、蝶子は穴から向こうを見た。 「ムゥエ…これからも、生きていてください」 呟く彼方に、“彼女”の視力でも、もはや男の姿は見られない。 それでも彼女は、傷口を抑えながら、闇の彼方を見据えた。 「私は、『私達』は、罪と共に生き続けます」 /*/ レグ=ネヴァは闇夜を走りながら、泣いていた。 なぜだ。 なぜ、俺は殺せなかった。 なぜ…あんな、問いを。 悔いが全身を走る。 名乗ってしまった。 これでもう、彼に安寧の地はない。 藩王暗殺未遂の罪人として、全土に手配書が回るだろう。 HAの元に戻り、匿ってもらうより他に生き延びる方法はない。 警戒網の張り巡らされた市街地を、いちはやく抜ける。 これも事前にルートを決めておいたからこそ出来る芸当だ。 そしてそれを可能にしてくれたのは、すべてHAなのだ。 情けない。 悔しい。恥ずかしい。 あれだけ自分を鍛え上げてくれたHAに、どの面下げて会えばいいのだろう。 砂漠を歩き、ほとぼりをさまそうとする。 今港に行けば、リンクゲートから逃げようとするものを捕まえるための検問が張られているはずだ。 うかうかとそんなところに出てはいけない。 「…………」 見上げれば、今夜は満月だ。 ふ、と、舞い上がる砂塵と共に、笑いが浮かんだ。 「暗殺にはもっとも向かないはずの、満月の夜にしか、勝機を見出せなかった。 その時点で俺の計画は、最初からこうなる運命だった、って事かな…………」 乾いた笑いが、喉を鳴らす。 だとしたら、運命なんてくそったれだ。 もうお前には何も期待しない。 運命なんて、必ずの殺意で塗り潰してやる。そして今度こそ、あいつを… そう、レグ=ネヴァが思った時だった。 「運命か」 「!!」 声に、振り返る。 そこにはクラディスがいた。 /*/ 「なぜここに、とか聞くんじゃねえぞ。そんな三文芝居みたいな台詞、真っ平御免だ。お前の運命とかいう戯言と一緒でな、ムゥエ」 「………」 どうして俺のことがわかったんですか、と、レグ=ネヴァは聞かなかった。 わかっている。 そんな理由、とっくにわかっている。 「正直見違えたぜ。大したもんじゃねえか。腕は、ま、ちいっとばかしビビったが、ミードに聞いてたからな」 「……何、やってんですか、先輩は」 「お前こそ何やってんだ。そんなナリして、傷まで負って」 そう、あごでぞんざいにクラディスは彼の腕の傷を示す。 「先輩、元文族志望なんでしょう。それくらい、わかるんじゃないですか?」 「わかるか馬鹿。だから法官志望になったんだ。 人間の考えてる事なんざ俺にゃわからねえよ。わからねえもんなんか、扱えるか」 「…………」 「どうした。悲劇のヒーローでも気取りたかったのか。わかってもらいたかったのか?」 「そんなわけ、ないでしょう…」 「ああ。俺も正直お前の転落人生なんぞに興味がない。よかった、安心したぜ」 「…………」 クラディスは、砂丘の上に、腰を下ろして星空を見上げていた。 「かわりに俺の一人語りを聞かせてやろう」 「結構です」 「いいから聞けよ。どうせ暇なんだろ」 「嫌です」 「おうおう、しばらく見ないうちに随分反抗的になったなあ。今更反抗期か?」 「死にたくなかったら黙って下さい」 「黙らねえよ馬鹿。聞く気がねえなら要点だけまとめて勝手に話してやるこの馬鹿。 運命なんてな、今ここで俺とお前が出会うぐらいの適当な偶然みたいなもんだ。くそったれだ。だがな、そいつが運命なんだ」 そう言うと、クラディスは手元の砂を、掬ってみせる。 さらさらと指の間から砂粒が舞い散った。 それを満足げに見やるクラディス。 「こんなもんだ。 何かが起きる確率なんて、いつだって砂粒の確率だ。 でも、砂粒なんざいっくらでも転がってんだ、世界には。 そんな程度のもんだよ、運命なんてーのはな。 どれにぶつかろうが、どれを拾おうが、好きにすりゃあいい。 俺はどれか1つを拾う事なんて、どうしても出来なかった。こんな馬鹿でかい砂漠の中から、たった一粒ずつを拾い上げて、物語を紡ぐなんて無茶苦茶な事、どうしても出来なかった。だから文族を辞めた。文族志望を辞めた。今も正直こんな奇怪な職業を目指すミードが不思議でならないぜ。 ほんっっと、ミードは馬鹿だよな。お前なんかをずっと気にかけてやがった。知ってるか、大学でお前を待ってる人間の数。お前が何も言わないで姿を消してから、気にかけていた奴の数。 アホだよな、馬鹿だよな、運命とかのたまいながら怪我してあからさまにうさんくさいナリでこんなところに、こんな時間にいる、こんな大馬鹿野郎のために。どいつもこいつも、馬鹿も馬鹿、大馬鹿の塊だ。 俺だけだ、賢い天才は俺だけだ。 俺は好きなように生きるさ。お前も好きなように生きろよ。黙ってなんか、やらねえよ。物思いに何か浸らせてやらねえよ。とっとと生きろ。生きて、生きて、それから死ね。殺したきゃ殺せ、自慢じゃないが文弱の徒だ、今のお前みたいなマッチョマンに抵抗なんて、俺は出来ん。 さあ、好きにしやがれ!」 クラディスは大の字になってその場で寝転がる。 砂が髪に入り込むのもおかまいなしだ。 「…………」 その姿を見下ろしながら、レグ=ネヴァは溜め息をついた。 「どうして先輩が大学で有名だったか、やっとわかった気がしますよ……」 「知るか、馬鹿」 レグ=ネヴァは、踵を返して歩き出す。 「興が冷めました」 「俺も冷めたよ馬鹿、折角の天体観測がお前の登場のせいで台無しだ馬鹿」 「…」 「天体観測って柄か、とか思ってるんならぶっ飛ばす」 「どうぞご自由に。好きなように生きて下さい」 「おう、言われなくてもな」 どこへ行こう。 砂漠はそれなりに広いが、所詮、街道に囲まれた袋小路に過ぎない。そう何時までも潜んでいるわけにはいかないだろう。 ならばいっそ、泳いで海を渡り、諸島のどこかに身を潜めるか。 それぐらいの体力はある。確かちょうど一年前に調査が入ったばかりで、どれかの島が、無人島だと判明している。 ぐい、と傷を縛り、出血を抑えると、もう一度だけクラディスの方を彼は振り返る。 「…僕がここにいた事」 「ああ、言わねえよ。だからお前が泣きっぱなしでいる事も誰にも言わないでやるから、とっとと失せろ、ほら」 「!!」 言われて目元を拭い、初めて気付く。 涙は、王宮を脱出した時からずっと流れっぱなしで、服の胸を濡らすほどになっていた。 それだけ大きな自分の変化に気付かなかった事に、レグ=ネヴァは強い衝撃を受けた。 あれほどHAから、感覚を研ぎ澄ませと教え込まれて来たのに、 よりにもよって、こんな一般人のクラディスの気配に気付かず、 よりにもよって、自分の流している涙にも気付かなかったのだ。 「どうして…………」 「んなもん、自分で考えろ。知らんし、付き合ってられん」 呆然とするレグ=ネヴァに、素っ気無く言うクラディス。 「…………」 そのまま彼は、クラディスへと別れの言葉も告げずに歩き出す。 一度だけ振り返った時、クラディスは本当に天体観測をしているのか、それともただ寝転んでいるだけなのか、じっとその場に留まっていた。 /*/ 「…………」 足は、何故か海とは反対の方角へ向かっていた。 以前、父と話したオアシス公園へと、気がつけば彼は訪れていた。 清澄な水が星月夜を面に浮かべてたゆたわせている。 泣き続けていたせいだろうか。無性に喉の渇きを覚え、彼はオアシスの水を手で掬って口に運んだ。 うまい。 傷と疲労と、極度の緊張が、水を貪るように求めさせた。 ざぶざぶと、飲み続けているうち、また、涙が零れ出て来ている事に、彼は気付いてしまった。 ああ、そうか。 『ムゥエ』はその時理解した。 父さんが死んだ事も運命なら、 僕が先輩とあそこで出会ったのも、運命か。 なら…… 運命なんてものは、本当にくそったれな代物だな。 元の名前を、きっちり思い出させられてしまったのだから。 /*/ 自分が何故泣いているのか、それを考えた時、彼の脳裏に浮かんだのは見た事もない女性の面影だった。 /*/ →『終章:物語の終わりに/無題:あるいは君の答え』
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